佐藤さん(36歳)は、数年前から自分の髪に自信が持てなくなっていた。営業職という仕事柄、第一印象は重要だ。しかし、鏡に映る自分は、M字に切れ込んだ生え際と、薄くなった頭頂部を隠すために、どこか不自然で中途半端な髪型をしている。クライアントと話していても、「相手は自分の頭を見ているんじゃないか」という不安が常に頭をよぎり、会話に集中できないこともしばしばだった。彼の人生を変えるきっかけとなったのは、ある海外俳優のインタビュー記事だった。その俳優は、若くして薄毛に悩み、ある時から潔くスキンヘッドにしているという。記事の中で彼は「髪を失ったことで、自分を飾ることをやめ、ありのままで勝負する強さを手に入れた」と語っていた。その言葉が、佐藤さんの心に深く突き刺さった。週末、彼は長年通っていた美容院ではなく、クラシックな雰囲気の理容室の扉を開けた。「一番短くしてください」。その一言を口にするのに、どれほどの勇気がいっただろうか。バリカンが頭皮を滑る感触に、彼は目を閉じた。全てが終わり、鏡に映ったのは、頭頂部がうっすらとスカスカな、見知らぬ自分。しかし、不思議と絶望はなかった。むしろ、長年背負ってきた重荷を下ろしたような、晴れやかな気分だった。月曜日、彼がその頭で出社すると、同僚たちは一様に驚いた。しかし、その反応は彼が恐れていたような嘲笑ではなく、「お、潔いじゃん!似合うよ」「そっちの方が精悍に見える」といった好意的なものばかりだった。隠すことをやめた彼は、人の視線が気にならなくなり、堂々と相手の目を見て話せるようになった。自信に満ちた彼のプレゼンテーションは、以前にも増して説得力を持ち、契約が次々と決まるようになった。彼はファッションにも目覚め、頭の形がきれいに見える帽子や、シャープな印象を与えるメガネを選ぶのが楽しみになった。彼が手に入れたのは、フサフサの髪ではなかった。それは、スカスカな自分を丸ごと受け入れ、それを個性として輝かせるという、本物の自信だった。